中国の南北朝末期から
隋代にかけての高僧
智顗
膨大な数の仏教の諸経典を、
経典相互の矛盾や不一致などから
時代別に分類・判別し、
『法華経』を、
最高の真理を説明した特別の経典とした。
そして、
『法華経』を中心に、
理論面と実践面を合わせた教学体系を完成、
それが
天台宗である。
そして、
その天台宗を持ち帰り
総合仏教にして
日本の仏教の母胎とした
最澄
その天台宗の具体的な教えを
見てみましょう。
天台宗の教え
天台宗の教えの基本となるのは、
「教相判釈」と
「止観の法門」の
2つになります。
教相判釈
「教相判釈」とは、
天台大師智顗
が著した
『法華玄義』
「法華経」の経題である妙法蓮華経
という五字によせて仏教を解説したもの
と
『法華文句』
「法華経」の文句を智顗の立場から解釈したもの
を中心にして
釈尊の説いた数多くの教えの位置づけをし、
仏教を貫く真理とは何かを明らかにしようというものです。
具体的には「五時八教」という
教判を立てて仏教を判釈し、
「四教」に約して円融無碍の法門を
得ることを目的としました。
天台大師智顗は、
釈尊一代の説法の中で『法華経』はどこに位置し、
諸経の中で、
なぜ『法華経』を最勝とするのかを明らかにするために、
「五時八教」という
「教相判釈」を用いて
釈尊一代の教えを分類・整理しました。
そして、
釈尊の教えに一貫した体系のあることを示すとともに、
『法華経』こそが最勝の経典であることを明らかしたのです。
1 五時八教の「五時」
五時八教の「五時」には
華厳時、鹿苑時、方等時、般若時、法華涅槃時
の5つがあります。
それぞれ見ていきましょう。
華厳時とは
釈尊が悟りを開いて(成道)初めて説いた
『華厳経』のときのことをいい、
釈尊の悟りをそのまま示したものです。
そのため機根(能力や性質)の低い人々には
理解しがたいものでしたが、
そうした人たちをもやがて悟りへ導こうとする
意図のもとに説かれたもので、
「擬宣の教え」といいます。
鹿苑時とは、
華厳の説法のあとの12年間に
阿含の説法をしたときのことで
「阿含時」ともいいます。
巧みな譬喩を用いて説法をおこない、
多くの人々を仏教に誘い入れようとしたことから、
「誘引の教え」ともいわれています。
方等時とは、
阿含の説法のあとの8年間、
方等の大乗法門を説いたときで
大乗をもって小乗を打ち破ることが目的で、
「弾訶」ともいわれています。
般若時とは、
方等時の次の22年間、
般若皆空の理を説いたときのことです。
小乗の人々を大乗に導くために、
大乗と小乗とのあいだの隔たりや差別の心を
捨てさせようとしたもので、これを「淘汰」といい、
「法の開会」ともいいます。
法華涅槃時は、
釈尊が最後の8年間に『法華経』を説き、
臨終までに『涅槃経』を説いたときのことをいいます。
『法華経』は、
一乗真実の法(すべてのものは皆仏になれるという教え)で、
釈尊はこの経を説くために、この世に出現されたと解釈されています。
この法華のときに至って初めて、
いままでの釈尊の説いてきた悟りの内容を
理解できるまで人々の機根が熟してきたことから、
もっとも重要な教えが説かれたのです。
そして、この教えがすべての人々に
体現されることから「人の開会」といわれます。
涅槃時は、
『法華経』の説法にもれたもののために
重ねて四教を説き(「捃拾」)
一乗真実に入らせようとしたものとしています。
2 五時八教の「八教」
「五時八教」の八教とは、
「化義の四教」と
「化法の四教」のことです。
化義の四教とは
釈尊の教えを形式の面から分類したもので、
頓教・漸教・秘密経・不定教のことです。
頓教は直頓(じきとん)といい、
釈尊が悟りを開いた直後に説いた教えで、
華厳時をさしています。
漸教とは漸次の教えという意味で、
機根の低い人々の能力に合わせて
徐々に高いところに導いていくという教えです。
阿含時・方等時・般若時の諸経がこれに当たります。
秘密経とは詳しくは秘密不定教といい、
仏が不思議な力を現して教えを説く姿をいいます。
不定教とは詳しくは顕露不定教といい、
教えと聞く人々の理解がそれぞれ異なっていることをいいます。
化法の四教とは、
釈尊の教説の内容面から分類したもので、
蔵教・通教・別教・円教に分類したものです。
蔵教は三蔵教のことで、
阿含・毘曇・成実などの小乗仏教のことです。
通教は大乗の教えで、
声聞・縁覚・菩薩の三乗に共通した法門であり、
小乗から大乗へ導く役割を果たすことから通教といいます。
別教とは菩薩のみが修する純大乗の教えで、
蔵・通とも、あとの円教とも異なるため
別教といいます。
円教とは円満・円頓の教えの意味で、
数多い釈尊の説法の中の最勝の法門である
『法華経』の教えのことです。
この「五時八教」の「教相判釈」を
用いて検討した結果、
天台大師は『法華経』こそが、
それぞれすべての要素を
満足させていることを明らかにし、
拠りどころとしたのです。
そして、
『法華経』はどんな低次なものも、
どんなに劣るものをも切り捨てることなく
悟りに導く教えで、
釈尊の悟りの世界であると説いたのです。
止観の法門
天台大師智顗は、悟りを得る方法としての
観法を禅とはいわずに「止観」ということばで表現しました。
「止観」とはインド以来の用語で、
心を専注し正しい智慧を起こし、
ものごとを正しく観察理解するという意味です。
その「止観」にも
漸次止観・不定止観・円頓止観
という三種がありますが、
天台止観の本領は
円頓止観なのです。。
「止観」は、
すべての存在がそのまま理法に
かなうことを修得する観法ですが、
これを「一心三観」といい、
空観・仮観・中観の
三観がその基本となっています。
空観は
仮観より空観に入る観といって、
常識的な判断で真実といわれているものは、
真実の立場からみると実体のないもの、
すなわち空であるとしています。
仮観は
空観より仮観に入る(または出る)観で、
本質的には実体はないけれども
縁起によって存在している現実に眼を向けることです。
中観は
中道第一義観といって、
空観と仮観の二観が別々になされるのに対して、
二観を含みつつ、これにとらわれない
最高の真理を体現することをいいます。
この三観が互いに融けあい一時に成立し、
三観それぞれが他の二観を含めるという
円融三諦を説き、
この円融三諦を実践に移したものが
「一心三観」の円頓止観なのです。
これは、私たちが生きている
一瞬一瞬のあいだに揺れ動く心に
三千という数であらわされた
一切の現象が完全にそなわっている
という一念三千の世界にまで展開されます。
そして、
さらに多くの人が実践できるようにと
四種三昧が示されました。
四種三昧とは、
修行の方法を
常坐・常行・半行半坐・非行非坐
の四種に分けたもので、
三昧とは一心を一処にして動かさないことをいいます。
常坐三昧は、
静かな所で九十日間を一期として坐禅を続ける修行。
常行三昧は、
口に阿弥陀仏の名を唱え、
心に阿弥陀仏を観ずる修行(念仏三昧)
半行半坐三昧は、
『大方等陀羅尼経』による方等三昧と
『法華経』による法華三昧の二種の修行法です。
非行非坐三昧は、
たんに修行だけでなく、
すべて日常の行法が修行である
とするもので随自意(ずいじい)三昧ともいいます。
この四種三昧の修行法として
十乗観法があります。
日常生活を道場とする人生荘厳の場であり、
これが円頓止観そのものをさしているのです。
四宗融合思想
伝教大師最澄の
入唐求法の本来の目的は、
天台法華宗にありましたが、
菩薩戒については、
唐の道邃和尚によって
天台法華の系譜の中で
不離のものとして伝えられ、
密教についても
越州で順暁から
伝えられました。
そして、
禅については
すでに日本にいたときに
行表法師から
その大要を伝えられていました。
このように、
なぜ円・密・禅・戒の四宗が
最澄一人に受け継がれたのかといえば、
これらの仏教はすべて一乗仏教、
つまりすべてのものは皆仏になれる、
すべてのものを仏にするという教えであったのです。
のちに円仁が入唐して
五台山の念仏を伝えて、
浄土教は鎌倉新仏教の中でも
大勢を占めるようになりますが、
浄土教に限らず禅宗も日蓮宗も、
それぞれの祖師たちは個の救いを求めて
天台宗の一乗仏教の中から立教開宗していったのです。
天台宗開宗の経緯からみれば、
たんなる一宗派というものではなく、
そのまま仏教そのものであるという
教義と存在意義を持っており、
そして、
その根本となる思想が
四宗融合、
つまり、一大円教論なのです。
天台宗は宗祖大師立教開宗の本義に基づいて、
円教、密教、禅法、戒法、念仏等
いずれも法華一乗の教意をもって融合し、
これを実践する『天台宗宗憲』
この世に存在するものはすべて仏性をそなえており、
それを自覚し、常に心身の修行を怠らず仏性の開発に努め、
現世をそのまま仏の国土として、
理想的な社会を建設していこうというのが
天台宗の教えなのです。
本尊と経典
久遠実成無作の本仏をもって本体とする
『天台宗宗憲』
一切の仏・菩薩・明王・諸天は、
すべて『法華経』の
「久遠実成無作の本仏」の
広現であると解釈しています。
『法華経』の
如来寿量品第十六には、
インドに生まれ菩提樹の下で
悟りを開いた釈尊は仮の姿であって、
実は永遠の過去において悟りを得て成仏し、
以来、限りない期間、
人々を教化してきたと説かれています。
これを
「久遠実成無作の本仏」
といっており、
その他の諸仏・諸菩薩などは、
この本仏がさまざまな機根の
人々を教化するために、
ときに応じ、
ところによって姿を変えて
現れたものだとしているのです。
ですから、
天台宗寺院の
本尊は
釈迦牟尼仏、阿弥陀仏、
薬師如来、大日如来、
観世音菩薩など、
それぞれの寺院の
縁起によって
多様なものとなっています。
経典については
『法華経』を根本として、
その他の経論をもって
輔宗の聖典としています。
円教では
『法華経(妙法蓮華経)』『仁王般若経』
『金光明経』『中観論』など
密教では
『大毘盧遮那成仏神変加持経』
『金剛頂大教王経』など
戒では
『梵網菩薩戒経』、
浄土教では
『大無量寿経』『観無量寿経』
『阿弥陀経』などとなっています。