《密教》とは、
秘密仏教の略称です。
その教えは最高深遠の教えとされ、
その境地に達したもの以外には
窺い知ることができないので
秘密とされているのです。
このページでは
より《密教》を知っていただくために
《密教》の起源から8人の大師!
そして
生きたまま仏になるための
瞑想法や
仏との縁を大事にする
「結縁灌頂」
さらに
密教的仏(神)の種類などを紹介します。
密教の起源
お釈迦様が入滅して
700年ほど経った。
紀元前4世紀ごろ
仏教は
より難解な仏教哲学になってしまいました。
そして
在家信者への教導を
怠る保守派もあって
人々は、救いの拠り所を
仏教以前からあった
インド土着の神々(バラモン教)に
すがるようになりました。
バラモン教は「ヒンズー教」として復活!
一般大衆に受け入れられ、広がっていったのです。
この「ヒンズー教」の広がりに危機を感じた
インドの僧・龍猛(りょうみょう)は
その中にインド古来からの
神々も入っており、
これらも本来は仏なのだ。
この一切の仏たちに対する
信仰を仏教では勧めている。
その拝み方には真言がある
とヒンズー教の教理や神々を大胆に取り入れ
新しい仏教(仏教復興)を成立しました。
それが密教なのです。
真言密教「伝持の八祖」
第一祖 龍猛菩薩
三鈷杵(さんこしょ)を右手に持っています。
南インドのバラモンの家に生まれ、
バラモン教を学び、ヒマラヤ山中に行き、
あらゆる教えを受けて出家。
「南天の鉄塔」=(南インドにあったといわれる鉄製の仏塔)に入って、
大日如来(だいにちにょらい)の直弟子
金剛(こんごう)薩埵(さつた)から
密教経典(『金剛頂経』『大日経』)を伝授された。
龍樹(りゅうじゅ)と同一人物。
龍樹とは、サンスクリットのナーガールジュナ
梵: नागार्जुन、Nāgārjuna、の漢訳名
第二祖 龍智菩薩
龍猛から授かった密教の経文を右手に持っています
龍猛菩薩の弟子として、密教について学び、
厳しい修行をしたインドの高僧
仏教に限らず、さまざまな学問に通じており、
その不可思議な力は想像もできないと言われる。
超能力を使って天に昇ることも地に潜ることも自由自在であった。
中でも、長寿を保つ秘法を知っていて、
700歳で亡くなったと伝えられている。
唐からインドに来た
第四祖 不空三蔵にも教えを伝え、
「西遊記」で有名な唐の高僧の玄奘三蔵にも
中観論などを教え伝えたといわれています。
さらに、
第五祖 善無畏三蔵の師とされる
ナーランダー寺の達磨掬多(だるまきくた)が
この人であるとも伝えられます。
第三祖 金剛智三蔵
数珠を右手に持っています。
南インドの摩頼耶(マラヤ)国
の婆羅門の家に生まれる。
十歳のときナーランダー寺で出家し、
小乗と大乗の教理を学ぶ。
三十一歳の頃
南インドで龍智菩薩から
七年間密教を学びました。
南インドの国王は
使者を派遣して金剛智を護送させ、
航海で大嵐にあい、
金剛智の船だけがやっと
広州の港に到着できたという。
多くの密教経典の翻訳にもつとめ、
金剛智訳とされる経典がたくさん現存しています。
帰国を思い立ったが病いに倒れ、
洛陽で没した。
第四祖 不空三蔵
南インドの出身。
貿易商の叔父に連れられて唐へ行く。
十四歳の時、
長安で金剛智にめぐりあって、
弟子となり、25年間仕えました。
ある日、
密教を学びたいと金剛智三蔵に申し出たが、
師はなかなか許可しなかった。
金剛智が亡くなると、
その遺言により
『金剛頂経』の完本を求めて
インドへ旅立った。
南インドの
第二祖 龍智菩薩
のもとに行き、
それらの両部にわたる伝法灌頂
すなわち五部灌頂を伝授された。
第五祖 善無畏三蔵
右手の人さし指を立てています。
インドのマガダ国の王であったが、
内紛があり王位を捨てて出家しました。
ナーランダ寺に入り、
第二祖 龍智菩薩の弟子で、
第三祖 金剛智三蔵とは同門の間柄である。
真言密教の奥義を授けられ、
その後諸国で教えを広め、
陸路にて中国へ向かいました。
ガンダーラの国王が
『大日経』の念誦法を尋ねた時に、
善無畏が祈ったところ、
空中に文字が現れたという。
80歳の時に、唐の長安に入り、
玄宗皇帝の深い信任をうけ真言密教の根本経典である
「大日経」を翻訳しました。
帰国を望みましたが許されず。
中国の地で没しました。
第六祖 一行阿闍梨
法衣のなかで印を結んでいます。
中国生まれで
中国人初の密教の相承者。
幼少のころから勉学に優れ、
数学や天文学にも詳しかったという。
唐代屈指の学問僧で、
第三祖 金剛智三蔵から
「金剛頂経」系の密教を受け、
第五祖 善無畏三蔵の
「大日経」の翻訳にも加わり、
その注釈(大日経疏)をしました。
四十五歳の若さでなくなりますが、
その後の真言密教に与えた影響は多大でした。
第七祖 恵果阿闍梨
椅子に座り横に童子を待らせています。
恵果は八歳のとき、
初めて青龍寺の曇貞和尚に
伴われて第四祖 不空三蔵に会った。
不空は、恵果を一目見て
「この子供は立派な密教の阿闍梨となる器量をもっている」
と讃嘆し恵果を実子のようにいつくしんで教育した。
不空は三十余年の長きにわたって
灌頂の壇を開き、
入壇した弟子の数は多く二千余名になるが、
しかし修行が成満して
金剛界の伝法灌頂を受け阿闍梨位についたものは
たった八人しかいなかった。
恵果は、
四祖 不空三蔵から「金剛頂経」、
そして
第五祖 善無畏三蔵の弟子の
玄超(げんちょう)から「大日経」を受け継ぎました。
長安の青龍寺(しょうりゅうじ)を賜り
三十歳で阿闍梨となりなす。
805年
病に倒れ余命のすくないことを自覚。
日本の
空海に法を伝えることを決意して、
灌頂を授けました。
空海はこれを日本に伝えて
真言宗を開くことになります。
第八祖 弘法大師
五鈷杵(ごこしょ)を右手に持ち、
左手には念珠を持っています。
空海は、
仏教の神髄を求めて
唐に渡りました。
そこで恵果阿闍梨に認められ、
密教の奥義を全て授けられて帰国します。
インドで生まれた
真言密教の教えが、
中国に伝わり、
そして空海によって
日本に真言密教が伝えられたのです。
後に、その徳をたたえられて
弘法大師の号を賜りました。
密教と顕教(けんぎょう)の違い
密教以外の仏教のことを顕教と呼びます。
密教では、
“法身仏”をサンスクリット語(梵語)で
「マハー・ヴァイローチャナ」と呼んでいます。
これを中国で漢訳されるときに音写されたのが
「摩訶毘盧舎那」
通常では摩訶をはずして仏をつけて、
「毘盧舎那仏」です。
これは顕教の呼び方になります。
密教では、「舎」が「遮」になり、
「毘盧遮那仏」と発音します。
これは中国の“呉音”と“漢音”の発音の相違です。
「マハー」は大きいという意味で、
「ヴァイローチャナ」は太陽を意味しています。
これを日本語に訳すと
「大日如来」
となります。
したがって、
「毘盧遮那仏」と
「大日如来」は同じ仏で、
密教と顕教で”法身仏”に対する
解釈の違いがあるのです。
顕教では、
宇宙の中心にいる毘盧舎那仏を、
真理(法)そのものを具現する法身仏としています。
毘盧舎那仏は、
宇宙そのものなので
“沈黙の仏”といわれ、
お釈迦様が、その化仏
(衆生教化のために仏が神通力で変身した姿)
で現れ、
お釈迦様の口を借りて
衆生に教えを説いているのです。
『華厳経』では、
毘盧舎那仏の毛穴1つ1つから
無数のお釈迦様が現れたりします。
そして、お釈迦様が聞く人の能力に応じて、
分かりやすい言葉で顕に説いた教えなのです。
密教では、
真理を具現する法身仏を
大日如来と呼んでいます。
大日如来は、
私たち衆生に対して
直接に真理(法)を説く
“雄弁の仏”です。
しかし、ある意味では、
この宇宙の森羅万象が、
私たちに真理を教えてようとする
大日如来の語りであるとされていて
私たち凡夫には、とても理解できない。
秘密の教えなのです。
そして、
この真理を理解する
(さとりを開いて仏になる)
ためには、
凡夫は誰でも
仏性を持っているのだから
大日如来の絶対の慈悲が加えられれば、
現世において仏になることができる。
これを“即身成仏”
といいます。
そこには、
人間の持つ煩悩や愛欲を
全面的には否定していないのです。
仏になるための瞑想法
密教の行者(修道者)は、
「曼荼羅」を前に坐して瞑想し、
最初に曼荼羅にある仏が行者(我)の胸に入り、
次に行者が曼荼羅(仏の世界)のなかに入っていく、
と観ずることによって、仏と一体になり
行者が持っている仏性が増幅され、仏の力がそなわってくる。
これを「入我我入」と呼びます。
このように、
仏と凡夫が1つに合わさるときに、
凡夫が凡夫のままで仏となることができる
(仏凡一如)と密教は説いています。
密教のこの考え方は、
インドのバラモン教の根本思想である
「梵我一如」と同じ思想です。
バラモン教では、
宇宙の根本原理を「ブラフマン(梵)」と呼び、
人格的原理を「アートマン(我)」を呼んでいます。
そして、
「ブラフマン(梵)」と
「アートマン(我)」は同一である
という「梵我一如」の考え方なのです。
密教の
「入我我入―(仏凡一如)」は、
バラモン教の「梵我一如」説をもとづいて成立したのです。
つまり、瞑想体験によって
宇宙的原理(大宇宙)なかに溶け込み
また逆に宇宙が人格的原理(小宇宙)のなかにみなぎってくる。
宇宙と人間(凡夫)がぴったりと1つになる
これこそが密教の説く理想の境地
さとりを開いて仏になることなのです。
そして、
仏になることは、
顕教の場合は最終目標ですが、
密教では、生きていくことの出発点なのです。
結縁灌頂(けちえんかんじょう)
密教では、
在家が仏と縁結びをする儀式を
「結縁灌頂」
といいます。
「結縁」とは、
仏道に入る縁を結ぶことで、
「灌頂」とは、
古代インドの国王が、
即位するときに行った儀式で、
四つの海の水をもって、
頭頂に灌いだことに由来します。
ここでは、
「投華得仏」
という儀式が行われます。
信者は覆面されて、
曼荼羅の前に連れて行かれ、
この曼荼羅に向かって花(華)を投げます。
花は、
曼荼羅に描かれたいずれかの
仏の上に落ちます。
信者は、
花が落とされた
仏に帰依することになります。
【帰依】・・すぐれたものを頼みとして、その力にすがること。
どの仏でも、最終的には
「大日如来」
に到達します。
そして信者によって
特定の一仏が定められたとき、
「別尊曼荼羅」、
その仏(本尊)を中心に
諸仏を配した曼荼羅が描かれている。
この「別尊曼荼羅」が、
信者の祈願の対象となります。
公式サイト↓
https://kekj.info/
体験レポート↓
https://kekj.info/report.php
守り本尊「十二支」
密教では、
この宇宙に沢山いる仏との出会いが、
たとえ偶然なものであっても、
その一仏に帰依し(その力にすがり)
つづければ、宇宙の本質であり、
絶対的真理である
「大日如来」
に到達すると考えられています。
子(ねfa-arrow-circle-right 千手観世音菩薩
丑(うし)・寅(とら)fa-arrow-circle-right 虚空蔵菩薩
卯(う)fa-arrow-circle-right 文殊菩薩
辰(たつ)・巳(み)fa-arrow-circle-right 普賢菩薩
午(うま)fa-arrow-circle-right 勢至菩薩
未(ひつじ)・申(さる)fa-arrow-circle-right 大日如来
酉(とり)fa-arrow-circle-right 不動明王
戌(いぬ)・亥(い)fa-arrow-circle-right 阿弥陀如来
密教的仏(神)
密教では、
インドの民族宗教である
ヒンズー教の神々も
仏教に取り入れて
守護神・護法神とした仏像が誕生しました。
明王(みょうおう)
明王(みょうおう)とは、
明は光明の意味で、
知恵の光明をもって
すべての魔障(ましょう)
(仏道の修行を妨げる悪魔の障害)
を打ち破る威徳(いとく)の王なのです。
明王(みょうおう)は、
如来や菩薩では
救えない悪業をもった衆生に対して、
時に猛威をふるって導き悟し、
人間に恐れを与えて教化します。
怖い忿怒形で、
多くが多面多臂
(顔や手がいくつもある)の姿です。
手には、
威力を象徴する武器をもつものが多く、
呪文や陀羅尼を唱えて祈ることで、
最も効果があるといわれています。
不動明王(ふどうみょうおう)
バラモン教の破壊神シヴァから変化した明王。
仏教にとり入れてからは、
大日如来が
一切の悪を降(くだ)すために
憤怒相(ふんぬそう)に化身したとされ、
五大明王(ごだいみょうおう)などの中心に配される。
愛染明王(あいぞめみょうおう)
愛欲と貪欲(どんよく)を司り、
この尊を信ずると他人から敬愛され、
災いを変じて福となすほか、
金銀財宝をもたらすという。
孔雀明王(くじゃくみょうおう)
人間の精神的害毒による
貪・瞋・癡(とん・じん・ち)の三毒を飲食し、
衆生の悪業(あくごう)によって
生じた障害や病気による痛みを
除去せしめることを本願としています。
天部
「天」とは、
サンスクリット語で神を意味する
“ディーヴァ”が中国で“天”と訳されたものです。
その姿形は、
身分の高い貴士から武将、天女、鳥獣
まで多岐にわたります。
十二天
東・西・南・北の四方(しほう)に、
乾(いぬい。北西)、坤(ひつじさる。南西)、
艮(うしとら。北東)、巽(たつみ。南東)
の四維(しい)を加えて八方とし、
さらに上下を加えて十方。
これらの方位を守る守護神が十天で、
これに、
日天、月天を加えて十二天とします。
① 帝釈天(たいしゃくてん)
東方の守護神。(Indraインドラ)
武勇の神で、梵天(ぼんてん)と並んで二大御法神とされる。
② 火天(かてん)
東南の守護神。(Agni アグニ)
諸々の火神および持明者
③ 焔摩天(えんまてん)
“閻魔天(えんまてん)”ともいう。南方の守護神。
もとはインド神話の“Yamaヤマ”で、
“ヤマ”は人間第一号であるとともに
死者第一号であった。
それで死者の世界の王となったのである。
最初、死者の国は天上の楽園であったが、
悪人が増えてきて、
地下に牢獄(地獄)が設けられ、
閻魔天(えんまてん)は、その支配者となったのである。
④ 羅刹天(らせつてん)
西南の守護神。(Nirṛtiニルリティ)
羅刹(らせつ)は、
インドで“ラークシャサ”と呼ばれる食人鬼。
⑤ 水天
西方の守護神。(Varuṇaヴァルナ)
諸々の河海に凄む神や竜の主
⑥ 風天
西北の守護神(Vāyuヴァーユ)
諸々の風神などの主
⑦ 毘沙門天(びしゃもんてん)
北方の守護神。
(Vaiśravaṇaヴァイシュラヴァナ)
仏法の道場を警固するとされていることから、
よく説法を聴聞(ちょうもん)するので、
“多聞天(たもんてん)”とも呼ばれている。
日本では七福神の一つ。
⑧ 伊舎那天(いしゃなてん)
東北の守護神。(Īśānaイシャーナ)
もとは、インド神話のシヴァ神。
諸々の魔衆の主
⑨ 梵天(ぼんてん)
上方の守護神。(Brahmāブラフマー)
帝釈天(たいしゃくてん)と並ぶ仏教の二大御法神の一つ。
インド神話の最高の神とされるブラフマンをとりいれたもの。
⑩ 地天
下方の守護神。(pṛthivīプリティヴィー)
インド神話の地母神プリティヴィーを起源とする。
⑪ 日天
Sūrya / Āditya
スーリヤ / アーディティヤ
天空に居する一切の光神の主
⑫ 月天
(Candra チャンドラ)
一切星宿の主
その他の“天”
四天王
東方を守護する持国天(じこくてん)。
南方の増長天(ぞうちょうてん)、
西方の広目天(こうもくてん)、
北方の毘沙門天(びしゃもんてん)
を四天王という。
吉祥天(きっしょうてん)
幸福と繁栄をつかさどる神で、
毘沙門天(びしゃもんてん)の妻とされている。
鬼子母神(きしぼじん)
もとは、鬼神の妻で、
性質が邪悪で人間の子供を
とって食う食人鬼であったが、
のちに仏教に帰依(きえ)し、
出産と育児の女神になった。
大黒天
台所を守る神。
長い間、日本神話の
大国主命(おおくにぬしのみこと)
と混同されていた。
七福神の一つ
弁才天(べんざいてん)
音楽、弁舌、財福、得勝を司る女神。
七福神の一つ。
聖天(せいてん)
“歓喜天(かんぎてん)”とも呼ばれ。
象頭(ぞうとう)人身の男天と
猪頭(ちょとう)人身の女天とが
抱擁合歓(ほうようごうかん)している尊像がこれである。
聖天(せいてん)は
もともと魔類で、
世界に暴害をなす魔神だった。
この魔神を教化するために、
観音菩薩(かんのんぼさつ)が自ら女天となり、
改悛(かいしゅん)すれば
私を抱かせてあげると折伏(しゃくぶく)したのである。
改悛(かいしゅん)した
聖天(せいてん)は護法神となり、
夫婦和合、子授けの神となった。